2016年10月8日、ハワイのカイルア・コナで開催されたアイアンマン・ワールドチャンピオンシップを観にいってきた。
このイベントは、1年を通して世界中で開催されているトライアスロンの最高峰であるアイアンマン(スイム3.8km、バイク180km、ラン42.195km)の各レースで、年代別の上位に入賞した人が獲得できるスロット(参加資格)を手にした人だけが出場できるメインイベントだ。
大会の3週間前くらいに、スケジュールを確認したらなんとか行けそうだと思ったので、すぐに飛行機を手配して行くことを決めたのだった。
会場となるカイルア・コナのピアやその周辺の雰囲気はもちろん、レースそのものもまさに最高峰の名に相応しい、圧倒的な熱量のある大会だった。それを事細かに書くのは別の機会にするとして、ここで記しておきたいのは世界最高峰を観にいったり、触れたりすることの大切さだ。
僕はクルマの仕事をしているから、世界最高峰のレースであるF1やル・マン24時間レースを当然観にいっているし、草レースの世界最高峰であるニュルブルクリンク24時間レースや、WRC(世界ラリー選手権)なんかも観にいったことはもちろんある。
また市販車の世界でも、ポルシェやフェラーリ、ロールスロイスやマイバッハなど、その世界の最高峰にも触れてきた。特にクルマの場合にはありがたいことに、そうした経験を豊富にさせてもらった。
そんな中で記憶に残っているのは、2000年頃だっただろうか? 当時日本の最高峰のスポーツカーであり、世界のスポーツカーへ多大な影響を与えたホンダNSX。そのドライビングレッスンに体験取材にいったことだ。
僕は当時、自分自身でホンダS2000に乗っており、この時は広報車のNSXをお借りしてドライビングレッスンに参加した。そうして当たり前だがS2000との圧倒的な違いや差を感じ、世の中の最高峰というのはなんと圧倒的な違いがあるのだろうと感じたのだった。
そしてこの時、ドライビングレッスンをしていた先輩の自動車ジャーナリスト・清水和夫氏が言ってくださった言葉がとても印象的だった。
「日本車でいえばNSX、輸入車でいえばポルシェやフェラーリ。それらの最高峰に乗ってみると、世界がもっと広がる。世界で最も高い山に登れば、それよりも低い山がどのくらいの高さなのかがわかる」
という言葉に、なるほど納得したのだった。
つまり、低い山に登って、一端に山に登ったつもりでいてもダメで、それより高い山に登って初めて自分がどのくらいの高さの山に登っていたかを知る。だから登れるならば可能なかぎり高い山に登らなければ、その世界を形成するレベルや、その世界の構造は真には分からない、ということでもある。
そんな風にして、痛く感心を覚えた一方で当時のホンダNSXに対して僕は、
「僕には全く無縁のクルマ」
と思ったのだった。1000万円級のスポーツカーなんて、自分には買えないし、今のところ興味もないし、これを乗ることもないだろう…という風に感じていた。
しかし、人生とは分からないもので、その3年後に僕はホンダNSXを自身のクルマとして所有していた。さらにその後も、NSX-Rへと乗り継いだのだった。
そうして僕は少なからず、当時の日本の最高峰を肌で感じ、時間をともにして濃密な体験をしたのだった。
アイアンマン・ワールドチャンピオンシップを観にいこうと思いたって速攻で航空券を手配したのには、実はそうした記憶が突然蘇ってきたからだ。
ああ、あの時のNSXと同じようなことなのかもしれない、と。
そう、僕はこれまでにトライアスロンは12レースに出場して、そのうちアイアンマンに2回出場している。しかし、世界最高峰のワールドチャンピオンシップは、当然スロットを獲得できる実力もなければ、実際に見たこともなかったし、興味もなかった。けれど、つい3週間くらい前に思い立ったときに、ホンダNSXのことを思い出して、行くことを決めたのだ。
コナにいったことで、皆に「コナ狙って今後はやるの?」とか「ついに?」とか言われる。けれど、そうなるかどうかは別として、その場にいって体験することで、何かが変わるだろうという確信があったのだ。
全く興味がなくて、自分とは関係ない、と思っていたクルマだったものが、ある日自分の愛車になっているくらい、人生は何が起こるか分からないし、その気はなくともきっかけがあったからこそ、その後の人生に影響を与えるものがある。特にそれがその分野の最高峰と言われるものであればなおさら…。
そして実際にコナへと行ってみて、予想通りいろいろなものが変わったのだ。
僕の年代(年代別45−49歳)は、アイアンマンではボリュームゾーンのひとつで競争が極めて激しい。だから僕がアイアンマン・ワールドチャンピオンシップを目指す! と宣言しても、それは夢のまた夢の話である、実際のところ。本当にトップアスリートが競う、超高レベルな世界だ。
だから自分がいくら行こうと思っても行ける世界ではない。
ただ、そんな風に分かりきったことだったとしても、実際にその世界最高峰に触れてみると、その後人生には何かしらの変化はあることは間違いない。僕はそこにも期待している。
僕は今回、ワールドチャンピオンシップを観に行ったことで、それに感化されれて、そこに出場することを目標にします! と宣言するつもりはない。
けれど実際に行ってみて、確実にこの趣味との関わり方についての今後を考えたし、どのようにしていこうかということも徐々に明確になってきている。そしてそれは図らずも、今後の人生どのように過ごしていくかを考えるきっかけでもある。
現在の僕のクルマ観は、あの時ホンダNSXのドライビングレッスンにいったからこそ在る。
ならば今回のコナへの旅もまた、間違いなく僕のトライアスロン観に影響するし、そこからさらに人生観へも影響していくことは間違いない。
そう思うと、やっぱり世界最高峰を観にいって良かったし、確実に何かが変わった。
しかもそれを、自身で感じて判断できたことに対しても、自分で自分の生き方について何かを決められたのだろう、と思うのだ。
あとで振り返った時、今回の旅は確実に、人生を変えた旅になっているはずだ。