今日、仲間との会話でふと、今年の目標の話になった。もう今年もあと3ヶ月を切っている段階でなぜそんな話になったかといえば、仲間が「年の初めに書き留めた目標のいくつかは達成して、いくつかは達成できなかった」ということを言ったからだ。
思えば僕も、毎年の初めに目標を書いていた。しかも自分だけのメモや手帳ではなく、ブログ等を通じて公言していた。でも、今年は書いたっけ? 言葉にしたんだっけ? 今朝はそれが思い出せなかった。いや、書いてない気がしていて、だから今何かポッカリと抜け落ちている感じがあるのか? と思っていた。
が、不安になって調べてみたら今年の1月3日に、NAVI on the Wheelsにちゃんと今年の目標等を記していたのだった。
恐る恐る確認してみる。果たして自分は目標を、どれだけ達成できただろう?
確認したら、1つのことを除いては全て達成していた。
ああ、よかった。
そう思うと同時に、改めて思いは言葉にしなければいけない、と思った。
目標を言葉にすることで、それは現実に近づく。無理か無理じゃないかに関係なく、言葉にしたかしないかは大きな違いとなる。そしてそれは、できるだけ多くの人に知ってもらうのが良い。そうすることで、口にした言葉は一歩、現実に近づくのだ。間違いなく。
僕はそれを信じている。自分だけが見る自分の手帳やメモに書くのは当然で、できれば公言するのが良いと思っているし、さらにできれば公の場で、生の声で口にするのが良いと思う。
言霊は、間違いなく存在するものだ。
もちろん、全てが現実になるわけではない。むしろ達成できないことの方が多いと思う。僕は今年は、ただの1つを除いて目標を達成したけれど、それはあくまでも達成しそうな見込みも漂っていたもの。そういう意味では言葉にはしたけれど、もっと高みをみるべきだとも思い直した今日だった。
今朝は現在のポッカリ抜け落ちた感をして、今年の目標を立てなかったつもりになっていたが、書いていたことを分かった今思っているのは、もっともっと不可能なほどに高い目標を持つべきだということ。言葉にするなら、そうしたことを口にして、記すべきだとも思った。
もっともあまりに大きな目標や高い目標ばかりでは、ただの夢追い人になってしまうのだけれども。
それはさておき、来年はもっときっちりと目標を公言しようと思う。恥ずかしさに負けないように、自身のモチベーションになるように。
ちなみに今年、達成できなかった目標の1つとは、マラソンで3時間30分を切るということ。これは来年にも当然持ち越す目標となったし、今日からまたそれを目標に始めなければならない。
そしてその他にも、来年はいくつかの目標をたてて、それを公言して進んでいく。
言葉にする。
それを忘れずに、生きていかなければと考える。